刊行物

2019年10月15日 (火)

『歴史と神戸』336号を発行しました

58巻5号/歴史と神戸
特集・忘れられた近世地域遺産を掘り起こす
丹波市中竹田の伊都伎神社の獅子狛犬と宮講………山内 順子(1)
古地図に見る地名(3)
 魚屋道―幕府公認の六甲山間道…………………………大国 正美(13)
江戸時代、淡路島海難救助の仕組みとその実態……海部 伸雄(14)
旧有馬郡・旧美嚢郡東部域の二宮金次郎像(下)……上垣 正明(30)
兵庫県西国街道一里塚(一)加古川市平岡町西谷……………中村 和男(46)
「火垂るの墓」記念碑建立へ協力のお願い………………………(49)
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新聞地域版を読む(29) 残暑お見舞い申し上げます(49)
 受贈図書紹介(45)新入会員紹介(48)

表紙・藤田年男

 

編集後記
 山内さんは神社のごくありふれた獅子と狛犬の台座に刻まれた「旧宮講中」という文字と人名の謎を追った。文献や棟札などから宮講結成の背景に近世領主の苛政を読み取る。ありふれた身の回りの地域遺産に忘れられた価値を見いだす
▼海部さんは淡路の津井村での海難救助制度の仕組みと実態を検討。その苦労ぶりを克明に紹介。いわば村が海難救助の公的な役割を果たすことで、近世の海運が支えられていたことを明らかにする。こうした目に見えない慣習も地域遺産といえる
▼上垣さんの二宮金次郎像の報告が完結した。建設の経緯について旧北谷小学校(三木市立上吉川小学校)の事例に踏み込み、広がりの背景や、校庭の変化、戦中の金属供出、戦後の復興などにも言及した
▼中村さんの一里塚の位置の探求は、加古川市の西谷地区を取り上げた。『歴史の道調査報告書集成』の推定を修正する
▼編集子の「古地図に見る地名」は二五六号以来の掲載。随時掲載したい。(大国)

『歴史と神戸』335号を発行しました

58巻4号/歴史と神戸/もくじ
特集・ひょうご近代史再考
資料紹介 有馬郡の古写真について………………………村上 忠男(1)
明治初年の神戸における外国人妾について―「つる一件」から―…………人見佐知子(13)
旧有馬郡・旧美嚢郡東部域の二宮金次郎像(上)……上垣 正明(30)
国宝姫路城関連生産遺跡 増位山・広嶺山山系の石切丁場跡…………………増田 行雄(38)
暑中お見舞い申し上げます…………………………………………(45)
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新聞地域版を読む(29)   受贈図書紹介(49)

表紙・藤田年男


巻頭言
 今年の史料ネットの総会シンポジウムは、例年以上に充実していた。昨年の水害の被災地で水損資料の救出に当たった岡山・愛媛・広島・岐阜・大阪からの事例報告。濡れた史料の吸水でキッチンペーパーがなく新聞紙を使った▽布の上からアイロンを当てて糊をはがした▽医療用紫外線消毒器を使った▽写真は水洗いせずエタノール消毒にとどめた▽段ボールの中の中芯の波形の断面側から風が通るので方向性をそろえて史料を挟み扇風機で送風した▽水損資料が臭うのは酸性のためでアルカリで中和した…。現場で苦難に直面して編み出した知恵があふれていた。そんな頑張りを聞くと元気が湧いてくる。史料ネットが手探りで水損史料の救出に初めて取り組んで一五年。地域歴史遺産の置かれた環境は厳しさを増しているが、取り組みのすそ野は広がっていることを実感した。(大国)


編集後記
村上さんは明治三十二年頃の有馬郡の古写真を紹介した。撮影場所を丁寧に特定していてとても興味深い
▼人見さんは福原遊廓の遊女つるの主と、身請けした清国人との紛争を分析した。明治初年の外国人妾が複合的に抑圧された立場だったことを明らかにした
▼上垣さんは三田市と隣接する地域で、二宮金次郎像を現地踏査で十九体確認した。2回に分けて、次回は設置の背景などについてもまとめてもらう
▼増田さんは池田輝政時代の姫路城の築城石の主要供給地を、地元の住民と協力して明らかにした。これまで知られていた鬢櫛山・増位山は本多忠政時代の西の丸・三の丸のもの。池田期の供給地として増位山全域と西の広嶺山系に広がる可能性を指摘した
▼史料ネットの総会シンポジウムは盛況だった。昨年の水害に対応した5地区から報告があった(巻頭言参照)。現場での工夫ぶりに感銘した。水損史料を守る取り組みがまぶしい。交流の大切さも実感した(大国)

2019年5月25日 (土)

『歴史と神戸』334号を発行しました

58巻3号/歴史と神戸/もくじ
特集・ひょうご近世史再考
近世播磨国の町場と陣屋町……………………………伊賀なほゑ(1)
  ―江戸後期『国郡全図』と明治期統計にみる町場―
日記から見る近世中期の大坂天満宮と周辺社会……清水 彩花(14)
尾芝静所『静所詩鈔』について………………………三枝 正平(31)
―『静所詩鈔』の詳細・考察―                           
兵庫県西国街道一里塚(一)加古川市寺家町………………中村 和男(40)
【地域から】「よかわ歴史サークル」の活動
歴史講座受講から広範囲な古郷調査へ………………藤田  均(44)
歴史資料ネットワーク総会シンポジウム
2018年水害被災地の資料保全活動―西日本豪雨・台風21号
…………………………………………………………………(30)
原稿募集しています…………………………………………………(39)
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新聞地域版を読む(13、43、48)  新入会員紹介(39) 受贈図書紹介(30)

表紙・藤田年男

 

編集後記
伊賀論文は江戸時代後期の『国郡全図』と明治初期の統計をもとに、播磨国の「町場」は城下町・陣屋町のほかに、宿場町・湊町・在郷町・鉱山町など四〇カ所前後あったとする。江戸時代の都市の定義・分類に見解を示す
▼三枝論文は、江戸時代後期の加西郡の漢詩人・漢学者の尾芝静所の人となりや交流に迫る。江戸時代は地方の時代だと痛感する
▼清水論文は昨年度の卒論報告会の発表内容。大坂天満宮の神主と社家の職務と役割の違いについて、日記から日常を描いた。卒論を論文として掲載できたのは、うれしいことだ。就職後も歴史に興味を持ち続けてほしい
▼中村さんは西国街道の一里塚の位置を古地図で突き止める連載を始めた。一回目は加古川の寺家町。絵図を使った地域史研究はまだまだ余地がある
▼「地域から」は三木市吉川町で活動する藤田さんらのグループの報告。歴史講座の受講をきっかけに自分の目と足で調査に発展させたプロセスがまぶしい。(大国)

2019年4月15日 (月)

『歴史と神戸』333号を発行しました

58巻2号/歴史と神戸/もくじ
特集・ひょうご中世史再考
姫路系瓦工人の製作技法的指標の特定にむけて……山下 大輝(1)
  ―置塩城跡出土軒瓦の検討―
多田行綱と福原陥落……………………………………田畑 豪一(14)
「竹叟夜話」の怪………………………………………渋谷 武弘(29)
―姫路の皿屋敷伝説を深読みする―
【地域から】わが故郷の記録『金浦の歩み』
地域史編さんと活用の取り組み………………………波多野富則(40)
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新聞地域版を読む(13、28、39、48)  新入会員紹介(49)
表紙・藤田年男

巻頭言
 希代の歴史家で、神戸史学会顧問の直木孝次郎さんが、2月2日、老衰のため亡くなった。100歳だった。神戸市に生まれ、武者小路実篤の影響で、幼いころから万葉集を読み込んだ。旧制神戸一中のとき「日本書紀」や「古事記」の古代天皇が異常に長寿なことに疑問を持った。京都帝国大学を卒業して海軍に入隊。戦後、軍国教育に使われた「日本書紀」などを考古学の手法で分析。河内王朝説などを唱え、天皇制は「万世一系」ではなく、政権交代を繰り返したことを立証した。平城宮跡や難波宮跡の保存運動にも取り組み、んだ。神戸史学会を創設した落合重信さんとも親しく、落合さん亡き後も寄稿や設立四〇周年の記念事業の講師を気軽に引き受けていただいた。老人ホームに入った後も会員であり続けた。投稿いただいた手書き原稿は〝宝物〟として我が家に保存してある。合掌

編集後記
山下論文はこれまで瓦当文様を使った瓦研究に対し、新たな視点として制作技法に注目。置塩城出土の瓦を分析、姫路系瓦工人の技法を明らかにした。長く続く瓦研究に対する新境地を開くものと期待される
▼田畑論文は前稿をさらに補強した。一ノ谷の戦いで鵯越から平家を奇襲したのは源義経ではなく多田行綱ではないかという近年の新説を否定、一ノ谷の戦いの全体像を描き直した。論争を期待したい
▼渋谷さんは『播陽万宝知恵袋』に収録され天正五年(一五七七)の年号が記載されていて「播州皿屋敷」のお菊怪談の源流の一つとされる文献の年代に疑問を呈する。説話はさまざまな手が加えられて成立しているとみるべきで、年代が記載されているからと言って鵜のみにはできない
▼波多野さんの山東町金浦の取り組みは素晴らしい。限界集落という言葉に後ろ向きになるのではなく未来を向く。歴史文化がその大きな素材になることを証明していただいた。(大国)

2019年2月20日 (水)

『歴史と神戸』332号を発行しました

58巻1号/歴史と神戸/もくじ
特集・ひょうご近世史再考
兵庫の庭園再訪(10)
姫路城三の丸向屋敷跡庭園遺構………………………西 桂(1)
武蔵も関わった明石城と城下町築造の秘話…………濵田 昭生(12)
尼崎藩札発行の年代比定方法…………………………岸添 和義(25)
   ―安永六年発行の尼崎藩札(一〇匁札)の黒印から―
「播磨風土記」の地名について………………………神生 昭夫(37)
【地域から】地域の歴史を如何に次世代に繋げるか
創立五十周年の市島町史実研究会と竹田歴史資料室
…………………………青木 正文(39)
史料紹介
大阪城天守閣蔵「摂州御影石匠之図」について」……藤川 祐作(45)
歴史資料ネットワーク二〇一八年度シンポジウム
地域歴史資料の魅力―集う・学ぶ・活かす―……………………(48)
地域史卒論報告会のお知らせ………………………………………(48)
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新聞地域版を読む(47) 表紙のことば・藤田年男(24)
 新入会員紹介(11) 会計報告(49)
表紙・藤田年男


巻頭言
今年の卒論報告会の概要が決まった。大阪と兵庫をフィールドにしたもので、時代も中世・近世・近現代とバランスが取れた。毎回、学生や院生、そして指導教官という大学関係者と、中高年の一般参加者とが入り混じった光景のなか質疑が交わされる。卒論をまとめるまでの過程では学内の演習などで報告している。しかしここの場は「なぜこのテーマを選んだのか」など、少し違う角度からの質問も飛び交う。時には「指導教官から持ち掛けられて」という〝正直な〟回答もある。その一方で、自分の内面から自発的に出てきた興味が出発点になったケースもあって、今の学生気質が垣間見える。社会に送り出した学生が、歴史研究の世界に舞い戻ったという話はまだ聞かないが、社会の入口に立った時に感じた問題意識を持ち続けて欲しい。そうした社会人を育てる場に、今年もご参集を。


編集後記
西さんは新発見の絵図から、これまで知られていなかった姫路城三の丸向屋敷の壮大な庭園を明らかにした。濵田さんは明石城下の設計や曲輪の改造に剣豪宮本武蔵がなぜ関わったのか。その経緯に切り込んだ。偶然の重なりがあった
▼岸添さんは尼崎藩札に押された印章と年貢免状を照合するというオリジナルな手法によって押印者と時期を特定した。古文書解読に長くかかわった岸添さんらしい着想だ。藤川さんはこれまで見落とされてきた絵図の描写に新しい発見をした
▼北播地域をフィールドに長らく研究を続けてこられた神生さんからは、本誌掲載の小西さんの原稿に対する反論を披露いただいた。会員の発表の場なので広く開放しているが、本誌を読まれてのご指摘はありがたい
▼青木さんから会員減少に苦しみながらの活動報告。県内には似た課題を抱える団体が多い。発表の場に本誌を使ってもらえないか。仲間を増やすためにもイベントに参加を呼び掛ける。(大国)

2018年12月27日 (木)

『歴史と神戸』331号を発行しました

■『歴史と神戸』331号
57巻6号/歴史と神戸/もくじ
特集・ひょうご近代史再考
萬歳師・活動弁士・「不良少年」…………………………吉原 大志(1)
―湊川新開地形成期の社会と文化―
海軍の儀式・祭典と神戸市・市民………………………吉免 涼太(17)
―「軍隊と地域」からみた造船所―
【地域から】神戸空襲を記録する会の資料整理
歴史を語る現物を残すために…………………………小城 智子(30)
神戸にスポーツを伝えた人たち?……………………髙木 應光(39)
辛酉革命説と日本歴史…………………………………渋谷 武弘(45)
―改元の意味を考える―
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新聞地域版を読む(16、38、44、47)       受贈図書紹介(48)
■編集後記
吉原さんは神戸・新開地で「不良少年」が日露戦後の時期に社会問題化する背景を追った。個人的欲求を抑え「社会公益」を目指した教化事業を担う内務官僚の姿を読み取る。吉免さんの論文は今年の卒論報告会の第2弾。進水式・観艦式の観点から神戸の〝軍港〟としての性格を明らかにした。ともに新たな視点で神戸の近代を描いている▼「神戸空襲を記録する会」の資料整理に参加した小城さんの報告は、単なる作業報告にとどまらず、作業を通じた発見も垣間見えて興味深い。ハングルで書かれた空襲への対処のビラや、爆弾を軍需工場で運ぶ子供のイラスト入りのはがきなどは時代を物語る貴重な史料だ
▼高木さんは得意なスポーツ史の分野でグルームのエピソードを書く。続編が楽しみ。渋谷さんは前号の寺本さんの原稿に触発されて、改元問題を日本史の視点から見直した。掲載したことが新たな原稿を生む仕掛けは大事にしたい。未読ください。
(大国)

2018年10月27日 (土)

『歴史と神戸』330号を発行しました

『歴史と神戸』330号
57巻5号/歴史と神戸/もくじ
特集・ひょうご古代史再考
「日岡陵」についての一考察…………………………中村 和男(1)
播磨国風土記』の概念図………………………………小西 規雄(12)
「日本書紀」絶対年代の謎に迫る……………………寺本 躬久(19)
奈良時代の難波宮の京域について……………………羽床 正明(23)
-安曇江・中之島から想定する-
豊岡市「六地蔵」の「石津」について………………生田 隆(32)
「自由忌」が支えた椎名麟三の古里は姫路…………田靡 新(39)
【地域から】地域の古文書を読んで三十年
高砂古文書の会の活動…………………………………歌井 昭夫(41)
残暑お見舞い申し上げます…………………………………………(49)
発行遅れのおわび……………………………………………………(31)
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新聞地域版を読む(47) 受贈図書紹介(18、38) 新入会員紹介(22)
表紙・藤田年男

2018年9月15日 (土)

『歴史と神戸』329号を発行しました

『歴史と神戸』329号
57巻4号/歴史と神戸/もくじ
特集・平家物語と神戸再考
生田の森・一の谷合戦における
法皇方搦手勢の進路………………………………田畑 豪一(1)
福原遷都と高倉天皇……………………………………中島  豊(18)
鉄道開通時に阪神間にできた土木構造物‐英国新聞に紹介されたイラストより‐……………髙橋 健司(36)
西日本豪雨で被災した歴史資料保全活動へ募金のお願い…………………歴史資料ネットワーク(45)
野坂昭如が小説に書き高畑勲が映画で描いた「火垂るの墓」を記念するために……………………二宮 一郎(46)
戦前、大阪の堂ビル洋裁學院の軌跡…………………吉井 正彦(50)
暑中お見舞い申し上げます…………………………………………(54)
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受贈図書紹介(35) 新入会員紹介(35)
表紙・藤田年男

巻頭言
七月の西日本豪雨を受けて、被災した歴史資料の救出作業が始まった。広島県立文書館が救出した資料群を、国立歴史民俗博物館のメンバーや宮城、山陰の史料ネットとともに、歴史資料ネットワークも参加して二日間で冷凍処理と吸水乾燥を行った。岐阜県では県博物館協会が関市文化財センターからの要請で、関市の津保川流域豪雨災害で泥水に浸かった写真の洗浄作業を進めている。八月も土曜と月曜に、アルバム十五冊の洗浄を順次行うという。地元の中日新聞にも掲載された。愛媛県でも高知大学などと連携した救出活動が始まっている。兵庫県内でも豊岡で救出作業が始まった。水損しても適切な処理をすれば史料を救えることを実証したのは、二〇〇四年の水害。それ以降、水濡れ史料を救う動きが当然のように繰り広げられる。息の長い取り組みだ。支援もお願いしたい。

編集後記
生田の森・一の谷合戦で、源義経が攻めた場所は鵯越か一の谷か。田畑さんの論文は「一の谷の後の山」とは攻撃を仕掛けた地点ではなく、一の谷へ向かうルートだと新説を示した。また義経勢のルートは三草山~三木~藍那~白川~板宿~須磨というのが合理的と結論づけた
▼中島論文は、個性豊かな実父後白河と義父清盛の板ばさみで翻弄された高倉天皇を、天皇の立場に立って分析。天皇は初めから政治を諦めていたわけではないという結論にいたった
▼髙橋さんは英国の新聞に見つけた明治初期の貴重な阪神間の鉄道史料の紹介。吉井さんは母の遺品から忘れられた神戸ゆかりの洋裁学院に光を当てた。二宮さんは「火垂るの墓」を語り継ぐための運動と調査報告をしている。今回は短い読みやすい原稿もそろった
▼昨年を上回る暑中見舞いの応募をいただいた。ありがたい。水害への支援も史料ネットの活動に共鳴して行っていきたい。ご協力賜れば幸いです。 (大国)

2018年5月26日 (土)

『歴史と神戸』328号を発行しました

『歴史と神戸』328号
57巻3号/歴史と神戸/もくじ
特集・もうひとつの神戸近代史
井上秀天と初期社会主義者との関係について………上山 慧(3)
―神戸平民倶楽部における活動と大逆事件を中心に―
僕たちの失敗……………………………………………高木 伸夫(19)
―神戸のアナキスト集団・ロンダ組の行動と挫折―
神戸と造船所……………………………………………吉免 涼太(31)
―「軍隊と地域」の視点から―
横溝正史『悪魔の手毬唄』
鬼首村を推理する(後編)……………………………渋谷 武弘(33)
史料ネットシンポジウム
歴史資料の魅力―集う・学ぶ・活かす……………………………(48)
神戸史学会賞・落合重信記念賞の公募と暑中見舞い広告のお願い………………(1)
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受贈図書紹介(48) 新入会員紹介(18)
表紙・藤田年男

巻頭言
文科省が二〇一五年に出した通知が「文系学部廃止」と報道され議論になったのはまだ記憶に新しい。大臣が否定する場面もあって表面上騒ぎは収束したように思う。しかし博物館・文書館など行政サービスでの人文系分野への軽視は、真綿で首を絞めるように進んでいる。観光・インバウンドに乗り遅れるなといわんばかりの行政の対応も、ややもすると大事なものを見失っていないか。
そんな中、史料ネットで一緒に汗を流した島根大学の板垣貴志さんたちが、地域での取り組みを山陰研究ブックレット7『地域とつながる 人文学の挑戦』として出版した。地域から人文学の存在意義を正面から問う一冊だ。「救出」から「活用」への移行が課題として浮上するなか、地域史料を活かすとは? 七月八日に史料ネットがシンポジウムを開催する(48頁参照)。ぜひ多くの参加を。

編集後記
▼上山さんの論文は一九一一年の社会主義者・無政府主義者への弾圧である大逆事件で、事件容疑者として捜査を受けた仏教者を追った。井上秀天という人物の思想や行動を取り上げた。明治期仏教者と初期社会主義者の交流を明らかにした貴重な成果で、若手の投稿がうれしい。
▼高木さんの論文は、この「冬の時代」を経て、多様な運動が動き始めた時期のロンダ組の活動と思想を取り挙げた。神戸の労働運動の中での独自の位置に言及し、全体像を考察した。ベテランの味が光る。
▼吉免さんの論文は神戸には軍隊こそ置かれなかったが、軍需工場とともに発展した歴史を追い、いかに密接不可分な関係にあったかを力説した。一つ一つの事実は知られたことであっても大きな見通しを持って歴史を読み込むことで新しいイメージがわいてくる。今年の地域史卒論報告会の一部を論文化した。口頭で発表しても文字にできないことが続いていただけに、久しぶりの活字化がうれしい(大国)

2018年4月29日 (日)

『歴史と神戸』327号を発行しました

57巻2号/歴史と神戸/もくじ
特集・ひょうごの近現代教育史
小学校の夏休み成立過程の考察………………………吉原 正人(1)
―兵庫県小学校の休業日の始まりについて―
高度経済成長期の子どもの交通安全指導……………鳥居 和代(16)
―神戸市方面教育の活動を手がかりに―
横溝正史『悪魔の手毬唄』
鬼首村を推理する(前編)……………………………渋谷 武弘(33)
神戸の国登録有形文化財「松尾ビル」
忘れられた大正期の百貨店・小橋屋呉服店…………大国 正美(40)
平成29年度神戸史学会会計報告……………………………………(49)
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新聞地域版を読む(39、46) 表紙の言葉(48)
受贈図書紹介(15) 新入会員紹介(32)
表紙・藤田年男

巻頭言
明治末から大正期、神戸に百貨店が相次いでできた。江戸時代、兵庫津に進出した大坂の呉服商下村が元町に店を構えたのが明治四十一年(一九〇八)。相生町で外商を始めた十合(そごう)が元町五丁目に移転して店売りを始めたのが明治四十四年。ただこの時点では呉服店だった。大正末期は百貨店の乱立期で、新開地の博品館(神戸デパート)、元町デパート、三越の大阪支店神戸分店、神戸新聞社による神戸市民会館、神港百貨店、白木屋神戸出張所などが知られる。大坂の四大呉服商・小橋屋呉服店もその一つだが、なぜか『新修神戸市史』に触れられていない。そのビルが今も健在で、国登録有形文化財になっていることも、ほとんど知られていない。その新築時のパンフレットが見つかった。建築家も驚く史料で、建築史の研究成果も交えて速報した。知られざる史料はまだまだ眠っている。

編集後記
吉原氏の論文によれば、兵庫県の小学校の夏休みは国の制度より六年も早く、一八七五年に始まったという。大阪府は暑さを理由にしたのに対し、兵庫県は指導力向上のため教員研修をするのが目的だった。民衆の意向や動向を政治に反映させるという開明的な神田孝平県令の施政方針が貫かれているという。
▼鳥居氏の論文は、戦後教育史でほとんど論じられたことにない交通安全指導の歴史を取り上げた。交通事故とその死傷者が急増する一九六〇年代には、大人の側が子どもを守るというより、子ども自身の意識や行動で事故を防止する指導が推進されたという。車優先社会の弊害や交通安全施設等の不備への対応が後手に回っていたと指摘する。
▼投稿原稿はどうしても長文になりがち。だが会員からは気軽に読めるものを求められる。渋谷さんの横溝正史の原稿は格好の作品。編集子も穴埋めに久しぶりに一文を書いた。気軽な短文の投稿を期待したい(大国)

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